顏良し。人当りよし。運動能力もよし。
勉強もまぁ、良し。
そんな多くの人が羨む才に恵まれた彼に出会ったのは、彼が中学1年生の時だった。
木々が衣を脱ぎ捨て、ほそぼそとした無数の枝が風に揺らぐ初冬の季節の頃。
最初の印象は顔『だけ』がいいヤツ、だった。
反射板
俺は高校を卒業してすぐカメラアシスタントの仕事に就いた。
一日でも早くカメラに触れるよう毎日、文字通り休みなく働いていた。
その日も仕事で、撮影スタジオで機材の準備をしているとき彼はやってきた。
キラキラとした笑顔を振りまきながらスタッフに挨拶をする姿。
噂に聞いていた通り綺麗な顔立ちに人当たりのよい言動。
スタッフは見惚れている人がほとんどだったが、俺は訝しげに彼を見つめた。
世界がつまらない。
黄色の瞳は淀んでいて、そんな事を言っているような気がした。
オレの視線に気付いたのか彼はこちらに瞳を向けた。目が合う。
特に合わせている必要もなかったのだが直ぐに視線をそらすのも失礼だろう。ぱちりと瞬きをして見続けた。
しかしそれでタイミングを逃してしまったようで、中々絡んだ視線をほどけない。
どうしたものかと悩み始めると丁度先輩から早く準備をしろ、と声をかけられた。
何時もは空気を読めない先輩だったけど今だけはナイスタイミングだ。
返事をしながら心の中でお礼を言っておく。機材を抱えて走った。
これがオレと彼―――黄瀬涼太とのファーストコンタクトだった。
次に出会ったのは半年近く経った、桜の花が目を覚ました春の頃。
一度一緒に仕事をしただけの、接点を頭を捻り挙げるとすれば微妙な謎の見つめ合いくらいで、会うという表現は相応しくないだろうが。
今回の撮影モデルを知らされたときに、そういえばそんな事もあったなぁ。と思いだしたくらいで、オレもすっかり忘れていた。
まぁ『カメラアシスタントのアシスタント』だったオレを覚えているわけない。
視線は合わせたが平々凡々の特徴ない一社員の事など、人気急上昇中モデル様の眼中にもなかっただろう。と、思ったのだが。
「ねぇ、アンタ前にも現場にいたよね。」
「…はぁ。前っていうのは、」
「半年前のセイコウスタジオ、B2。葛城さんがカメラで、」
機材の準備をしていると背中をトントンと指で叩かれる。
振り向くとイケメンを更にイケメンに飾られた黄瀬涼太がいた。
尋ねられた内容に思い当たる状況は数多くあったので首を傾げる。 現場は仕事場だからいるのは当たり前だ。
すると黄瀬涼太の口からスラスラと出てくる、彼が指す現場の詳細に驚く。
記憶をたどれば間違いなく、オレと彼が初めて一緒に仕事をしたスタジオで、カメラマンの名前だった。
「あぁ…確かにその現場にはいましたけど…それがどうかしましたか?」
「あのときオレの事じっと見てたでしょ。なんでかな、ってずっと気になってて。」
ニコニコとしながらも目は笑っていない。
「気に障ったのなら謝ります。」
「別に、謝罪が欲しいわけじゃないんだよね。見てた理由が知りたいんだけど。」
嫌な空気を感じて早くこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだが、唯一の出口を塞がれているため不可能。退く気もなさそうだ。
先輩か他のスタッフが助けてくれないかという希望も叶いそうにない。
スタジオの死角に資材置き場を設置した誰かを恨む事になろうとは、今この瞬間まで思いもしなかった。
「…実物見てかっこいいなぁ、と見惚れていたんです。」
「オレそういう風に見られ慣れてるから、わかるんだよね。あんたのは違ってた。」
すぅ、と目が細められる。嘘もいらないと言っているようだ。
舌打ちしたい気持ちをぎりぎりで抑える。オレは大人だ。
中学生相手に「なんでこんな上からの態度なんだよ」とか、キレるなんて真似はしない。
「…お前が、」
それでも憤りの表れとして敬語が何所かにいってしまう。
この場を抜けるには素直に言うしかなさそうだ。
言えば気味が悪いやつだと思ってもう構わなくなるだろう。
…実際、オレは人とは違うから、変な奴として近づかれない方がありがたい。
「オレがどうかしたの?」
「『世界なんてつまらない。』って言ってるような、腐ったヤツの目をしてたから見てただけだよ。
これで満足か?オレは仕事をしたいんだ、どけ。」
捲し立てるように言い強引に押しのけスタジオにもどる。
残された黄瀬涼太はぽかん、とした表情で見送っていた。
「…何なんだ、あの人。」
機材を抱えながら小走りで去った青年の背を見送る。
オレの目が?世界がつまらないって?
確かに半年前のあの頃は、新しい環境なら何か自分を燃えさせるような人が現れるだろう。という期待を裏切られたばかりの頃だった。
容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまぁオッケー。
直ぐになんでもできてしまう、そんな自分を打ち負かす存在。中学にあがれば居るだろう、と期待をしていたのに。
半年立っても現れず、自分の才能だけが次々とできることを増やし続ける。新しい環境、中学校というものに裏切られた。
だから中学校という世界がつまらない。と思った時期だった。
オレは表情を作るのもうまい。
この思いは誰にもいうことなく、知られることがないよう表情を作り人にはわからないようにしていたのに。
初めて出会った彼は、たった数秒視線を合わせただけで、オレの作った笑顔を破り本心を見抜いたのだと。
もう構わないでくれ、と暗に言っているように感じられたが、そんなものは無視だ。
面白い奴を見つけた。
「ねぇ、新名さん。」
「なあに、黄瀬くん。」
「あそこの、あの人。名前知ってる?」
いつもセットしてくれる女性スタイリストに黄瀬は尋ねる。
彼女は黄瀬が指差した方へと顔を向ける。
「あぁ、彼ね。くんでしょ?」
「…ね、他にもサンについて知りたいんだけど、教えてくれる?」
「いいけど…あ!その代わりあたしがフリーな日に、一日付き合ってくれる?」
両手を合わせ首を傾け可愛らしく尋ねる。
今までもこうしてお願いをしてくる女性は幾らでもいた。モデルというステータスに惹かれ自分のものにしようとするのだ。
面倒だと思ったが情報を聞きだしたあとなぁなぁにして約束自体なかったことにすればいい。
「うん、いいよ。」
心の中で冷めた目を投げかけつつ、にっこりと笑顔を貼り付け黄瀬は女性スタイリストに笑いかけた。