「隣町まで?」

「そう。頼めるかしら・・・」





作業をしていると隣の畑のおばさんが声をかけてきた。

今日中に隣町の親戚宅に荷物を届けなければいけないのだが、子供が風邪を引いて家を空けれないらしい。

今日の仕事は午前中で終わるし、そういう理由があるなら断るわけにいかない。





「わかりました。」

「有難う。お礼は今度するわ。」





おばさんは手に持っていた荷物を俺に渡すと足早に家へと帰っていった。

空は異様な程晴れ渡っていた。










雨後の筍










隣町までは平地を使えば1日かかるが、山道だと半日ほどだ。

カンタとカコと遊んでいるうちに山道にも慣れた俺は、元々の足の速さもあり半日も掛からず用事が済んだ。

帰りは隣町の名物だという焼き菓子をカンタ、カコ、シーナ、ケビンたちに買って元きた道を帰る・・・筈だった。





「っ・・・はぁ、はぁ・・・!」





ミチーナまで行く山道を半分の所まで歩いた頃、雨粒が頬に落ちてきた。

山の天気は変わりやすい。どうせ小雨程度だろうと気にせず歩いた。

しかし予想は大きく外れ、水滴は直ぐに全身に叩きつけるような大雨に変貌した。

人が通れる程度に均されただけの山道はぬかるみ、慌てて駆け出すと泥水が服を汚す。

更に最悪な事に雨宿りを探して入り込んだ場所はポケモンの縄張りだったらしい。

縄張りを荒らされたと勘違いしたニドキングが木々を破砕しながら尾を振り回し、追いかけてきたのだった。

重そうな巨躯に初めは逃げ切れると思っていた。

ぬかるんだ獣道に巨躯から想像できなかったスピード。じわりじわり追いつかれていく。

あぁ、そういえばスピード高かったな。ゲームで育てていた時を思い出す。





「俺は雨宿りの場所を探していただけで、お前の縄張りを荒らすつもりなんて無いんだって!」

「グルオォォッ!!!」





後ろに向かい叫ぶが全く聞いてもらえない。

攻撃的で怒っている彼に人の言葉は無意味。分かっていたことだけど・・・

カンタからヘラクロス借りておけばよかった・・・っ!

山道には凶暴なポケモンが出てくるか貸してやる、と出かけ間際に言われたが直ぐ済む用事だからと断ってきたのだ。

後悔していると後ろの空気が変わる。

咆え猛っていたニドキングの口腔に橙色の光。『破壊光線』だと気付き顔が青ざめ、進路を真横に変える。

瞬間、先ほどまで足があった場所に当たる光線。

直撃は避けれたもの、降り続ける雨を蒸発さた破壊光線で起こった強風は広範囲に衝撃を与え、俺も吹き飛ばされる。

生い茂る苔や草がクッションになり、巨木や岩が埋まっている地面に叩きつけられることはなかった。

水蒸気が消えぬうちに逃げよう。立ち上がろうとした体はカクン、と崩れた。足首を捻ったらしい。

白く濁った空間の裂け目からニドキングの追撃の光、とどめの『破壊光線』が放たれるのが見えた。





「(あ、これもうダメだ。)」





さっきまで必死で逃げようとしていた思考は足の痛みで霧散した。

諦め更なる痛みを予想し、ギュっと目を瞑る。





轟音





爆風が体に叩きつけられ、目を開けると破壊光線は何かに相殺されていた。

何かを放ったのは日暮れの蒼い空色をした髪の持ち主。





「去れ、魔獣。次は手加減などせず、貴様に当てるぞ。」





ニドキングは一撃だけで相手と自分の力の差を測り取ったらしく、低く唸ると元居た場所へ帰っていった。

姿が見えなくなったのを確認すると俺に背を向けていた男が振り返る。

白磁のような白い肌、緩やかな曲線を描く鼻梁。190近くはあるだろう長身の首元には、チョーカーに付けられた宝石が輝いていた。

目元まで伸びた紺色の前髪から覗く赤い獣のような鋭い瞳は、俺のよく知るものだった。





「ディア・・・?」

「ああ。」





そう、男はディア。ポケモンのディアルガだった。





「ぇ、な・・・んで?」

「この姿か?元の姿ではこの地を崩す恐れがあったからな。ヒトの姿を模した。」

「それもだけど!何でここに、」

「言っただろう。は私が守る、と。」





ディアの腕が雨と恐怖で冷えた俺の身体を包む。

瞳に宿る優しい色と、時を刻む心音はディアのもの。

この世界に来てから幾度も安心させられた温もりは、俺の目から涙を溢れさせた。





「まもるなら・・・もっと早くにこいよぉ・・・!すっげぇ怖かった・・・・・・ッ」

「すまない・・・・・・また、泣かせてしまった。」





ディアの左手が体を支え、右手が頭を撫でる。

抱き締められていた体を少し離され、赤い瞳が雨に紛れ零れ落ちる涙を見つめた。

そして何を思ったのか。ディアは頬に伝う涙に口を寄せたのだった。





「ディア・・・?ちょ、くすぐったっ・・・?!」





ディアの唇が涙を追い、俺のものと重なる。

突然の出来事にぽろぽろと零れていた涙が止まった。

驚きに見開いた目でディアの顔を見るが、ヒトになった姿でもその表情は読めなかった。





「・・・ミチーナまで送ろう。その足では動けまい。」





ディアは何事もなかったように俺を背負い山道を歩き出した。

あれは事故だったのか故意だったのか。

聞けばディアはいつも通り教えてくれるのだろう。

だけど俺は口を開くことができなかった。





雨はいつの間にか止んでいた。