鳥ポケモンたちの囀りが聞こえる。

目を開けるとキラキラとしたものが目に飛び込んできた。ディアのチョーカーに付いている青い宝石だ。

視線を上に向けるとディアの寝顔があり、背中に回った腕に抱きしめられた状態で寝ていたんだと、顔が熱くなった。

肩越しに光が差し込む。ここは木の洞…かな。オレが寝ている間に移動したんだろう。

体はあちこち痛いし心地よい目覚めとは言えないけど、息を吸ったら胸いっぱいに広がるディアの匂いに暖かい気持ちになる。

同時に体が引き裂かれそうな痛みに襲われた。

この世界とは、ディアと一緒にいられる時間はあと少しなんだ。










縁あれば千里










家に戻ると心配して待っていたおじさんとおばさんが迎えてくれた。

叱るおばさんに本当のことを言えず「ごめんなさい」と謝る。

そこにおばさんの声で目が覚めたらしい。カンタとカコが目をこすりながら部屋から出てきた。

丁度よかった……帰らなきゃいけないことを家族に言わなければ。

口を開けるがなかなか言い出せずどもる。そんなオレの背中に手がそっと置かれた。

ポケモンの姿で家まで送ってくれたディアが、今度は人間の姿になっていつの間にか後ろにいたのだ。

突然現れた男に家族は怪訝そうな顔をする。オレはディアの掌から勇気を貰えた気がして「ありがとう」と笑みを見せた。

深呼吸。そして意を決して口を開いた。





「おじさん、おばさん。実はオレ―――」















轟っ!

風が耳を叩く。

雲の間を通り青い四肢は空を蹴った。

オレは飛ばされないようにディアの首に腕を回ししっかりと掴む。





一度口から出してしまえば家族との別れはあっという間だった。

流石に「別の世界に帰る」なんていえなかったけど、帰らなければいけないことを伝えた。あまりに突然のことで家族は驚きしばらく茫然とした。

すぐに残念そうに眉を下げ、またいつでも遊びにくるといい。と、笑いながらおじさんは手を差し出してくれた。

カンタはまだ遊び足りないと文句をいい、カコはぐずりぐずりと泣きだす。

オレも二人のことは弟や妹のように思い始めていたから別れるのは辛い。

二人を力強く抱きしめ、おじさんにまた来ます。と応える。

本当に来れるかどうかなんてわかんなかったけど…オレがまたこの世界を訪れたいと願っていたから思わず口から出たのかもしれない。

別れは長引けばさらに辛くなる。目でディアに伝えるとディアはうなずき首のチョーカーの宝石が光を放った。

光が収まる。あとにいたのは時間を司る神と呼ばれるポケモン、『ディアルガ』。

神話に伝わるポケモンが現れたことと、人がポケモンの姿に変わったことに家族はさっき以上に驚いていた。

その様子に思わず笑いがこぼれる。ひっこんだ涙がまたあふれそうにならないうちにディアによじ登り、大声で「お世話になりました!」と手を振った。





『よかったのか。歪が閉じるまでは時間がある。

 まだあの家族と共にいることはできた。』

「ううん、あれ以上いたら泣きそうだったし…

 それに、ディアと一緒に居たかった、から…」





ぐりっと熱くなった顔をディアの長い首に押し付ける。

ディアは何も言わなかったが、代わりに上空に向かって一吠えした。

思わず両手で耳をふさぎそうになるけど、落ちそうになってあわてて止める。

空に一筋の切れ目が入りぱっくりと割れる。時の世界への入り口だ。

ディアは空に開いた口のような切れ目から時間の世界に入り、オレの体を懐かしい寒気が包んだ。

と思った瞬間体を預けていた巨躯が消えて、代わりに2本の腕で抱きかかえられる。





「ディア?!」

「…も同じ想いだったのか。嬉しい。」





抱きかかえられているから口元が綻び笑うディアの顔が下に見えた。

あまりに嬉しそうに笑うから、オレもつられて笑顔になる。





「……このまま、ずっと一緒にいたい。」

「あぁ。」

「元の世界になんて帰りたくない。」

「私も返したくなどない。」

「…でも帰らなきゃ、いけないんだよな。」

「……あぁ。」

「………また、会えるよな。」

「………」





互いの表情が陰り、黙ってしまう。

オレがこの世界に来れてみんなに出会えたのは、ディアと触れ合えたのはあり得ないことだったんだってことはわかっている。奇跡のような出来事なんだ。

それでも「また」を望まずにはいられない。

ほんの少しの間だったけど、ここにいられた『時』は、オレにとってとても大事だったから。

これからも大事にしたいから。

いろんな感情が水になってあふれだした。前はこんなに頻繁に泣くことなんてなかったのに、こっちにきてからオレは泣き虫になったのかもしれない。

震えて消えそうになる声を絞りだす。





「…絶対、また会おうな……っ!」

「…ああ」




紡いだのは確認じゃなくて約束。それも不確かなものなんだけど、強く望めば叶う…なんて思ったから口に出さずにはいられなかった。

ディアの瞳も雲が晴れるように光を、強い意志を帯びていく。

頬に伝う涙に唇があてがわれる。動物のように舐められ、拭われた。

くすぐったいそれから逃れ、お返しと言わんばかりに自分の唇をディアの白磁の頬に押し付けた。

びっくりしたディアの目が見開かれる。こんなに大きく表情が動いたディアを初めてみた気がした。

何故かようやく勝てたような気分になって「あはは」と声を上げて笑う。

ばつが悪そうな顔をしたディアもすぐにいつもの無表情に戻った。






そして互いに見詰め合って、触れ合うだけの優しいキスをした。















「…ん、…?」

「お、目覚めたか。」





目を開けると視界に白い天井が広がった。

声がした方向に視線を動かせば、春幸がパイプ椅子に座ってこっちを見ていた。

消毒液や薬が混ざった独特の匂い。保健室、かな。

体を起こそうとしたけど頭が重く鈍い痛みを訴えてできそうになかった。





「っと、もう少し休んでろよ。お前熱中症で倒れてたんだぜ。」





額に乗せられた濡れタオルを取り洗面器の中につけ絞り、また額に戻された。

ひんやりとしたタオルが気持ちいい。

白いカーテンの隙間から見える窓に、青から橙色に衣を変えている空が映っていた。

オレがあっちの世界に行ってからそんなに時間は経っていないらしい。

そもそもあっちの世界に行っていたのは夢だったんじゃないか、なんて一瞬思ったけど、触れた感覚。聞いていた音。すべてが夢の中での出来事だなんてとても思えなかった。

何より、今もあふれそうなこの感情が夢から出てきたなんて思いたくなかった。

潤む瞳を腕で隠す。それを勘違いしたのか春幸が心配そうに声を出した。





?頭痛むのか?」

「…大丈夫。もうしばらくしたら帰れそうだからオレの荷物持ってきてくれよ。」

「わかった。病み上がりなんだから無理すんなよ。」

「うん。サンキュ、春幸。」





くしゃくしゃとオレの髪をかき混ぜ春幸が保健室から出て行った。

ドアの閉まる音を確認して乗せていた腕を下す。涙はひいていた。

オレの中に確かにあるのに、形として何も残っていない。

ついさっきまで大事にしたいと思っていた出来事を、こんな短時間で「本当にあったことなんだ」と断言できなくなってしまいそうなものに変わる。不安が胸を締め付けた。

カーテンの隙間から空を見上げる。青がどんどん橙に飲み込まれ、それを紺が飲み込む。

ディアと一緒によく見ていた空の色だ。まるで追いかけっこをしているみたいな色の移りを二人で眺めていた。





「(……空はどこにいても変わらないんだ)」





ディアと一緒に湖畔から見たものと何一つ変わらない。

沈んでいた気持ちが空気を含んだ風船のように浮き上がる。

相変わらず触れることはできない。けど不安を拭い去ってくれる形あるものがそこにあった。





「……そっか、変わらないんだ…

 この空は…一緒なんだ、ミチーナと」










絶対また会える。確信めいたものがぽたりと心に落ちた。

見上げた空は、違う世界のオレたちを繋いでいてくれている。

そうなんだよな?ディアに問いかければ応えてくれる気がした。