雨が肌に当たり伝う。

次々と頬を濡らす雫がぼんやりとしていた意識を現実に戻した。





「でぃ…あ…?」





視線は空を見つめたまま、恐る恐る腕をその背に回す。

掌に力を入れて抱き締める。しっかり触れる身体に、再びぐにゃりと視界が揺らいだ。

ディアだ、ディアがここにいる。

ただ、ディアがここにいるという事実にオレは涙を流した。










轍鮒の急










抱き締めあったまま何分過ぎただろうか。

涙も止まり、落ち着いたオレはぐずりと鼻を鳴らしながらディアから少し離れる。

今いる場所を思い出す。ここは住宅街のど真ん中だ。

色々聞きたい事もあるけど此処では落ち着いて聞けない。

とりあえずオレの家に向おうとディアの手を取った。










身体はすっかり雨で濡れていたので傘は差さず、何を話せばいいのかわからないから言葉も交わさず。

誰ともすれ違わないまま、オレが先に歩く形で手を繋ぎながら家まで向かった。

家に着くと雨で濡れた身体を温めるために、まずディアにシャワーを浴びてもらう事にした。

コックを捻って出てきたお湯にディアは驚き、不思議そうな顔でシャワーヘッドを見ていたのが面白くて「ミチーナにはなかったもんな」と笑ってしまった。

ディアが浴び終わった後着替えを渡してからオレもシャワーを浴び温まった。

雨に打たれ続けた身体は思った以上に冷えていて、温かい水は体の芯まで沁みた。

着替えを済ませバスタオルを被り、ガシガシと髪の水分を飛ばしながらリビングに入ると、ディアはラックの前に立っていた。

ソファに座って待ってて、と言っておいたのに…ディアにとって此処にあるものは珍しいものばかりなんだろう。

じっと見つめる横顔が無表情なんだけど、瞳がいつもの落ち着いている印象とは違い子供のようにキラキラ輝いているように見え、また笑いがこぼれる。

それに気が付いたのかディアが振り返った。





「何か面白いものでもあった?」

「…あぁ。が過ごしてきた『時』を見ていた。」

「『時』…?」





ラックの上には家族で撮ったもの、花見で撮ったもの、大会で撮ったもの…

オレが覚えていないほど小さい頃のものから最近のものまで、色々な写真があった。

『時』というのは写真の事なんだろう。

再び写真をじっと眺めだされ、なんだか恥ずかしくなってきたから話題を変えることにした。





「…それより、なんでこっちの世界に?

 こっちの世界に来れる歪は、一回通ったら消えるんだったよな?」

「ああ、その筈だった。

 がこちらの世界に戻った後、歪が消えたのも確認した。…私にも何故再び歪が現れたのか理由がわからない。

 だが、」





ディアがオレの傍まで歩み寄り、指が頬を撫でる。





「気が付いたら私は歪に飛び込んでいた。

 そして、こうしてと再び出逢えたのだ。今はその喜びだけを感じていたい。」





近づく顏に目を瞑れば、唇が触れた。

何度か啄むようなキスをしてから顏が離れ、視線を絡ませ微笑む。

2年ぶりのキスに、幸せな気持ちが胸一杯に広がっていくのがわかった。















ところでオレの家は普通の家庭で、住んでいるのも普通の二階建ての一軒屋だ。

父さんは会社員で、1年前海外出張を言い渡された。行く先はアメリカだと言っていた。

母さんは「仕事は出来ても家事が全くできない父さんが心配だ」と出張に着いて行き、今は2人ともアメリカに居る。

オレはその時高校2年生で、住む場所を変えるには中途半端な時期だった。

両親と悩み話し合った結果、オレだけ日本に残ることになった。

しかし子供のオレを一人長期間、一軒家に留守番させるのは心配だと思った両親はある人に助力を求めた。

その『ある人』とはオレの従兄弟だ。

8つ上の従兄弟の事をオレは兄のように慕っていた。だから同居することに何の問題も反対もなかった。

一人でこの家に住み続けるのも正直寂しいと思って居たので、寧ろ従兄弟が住むことに賛成だった。

従兄弟も快く承諾してくれ、アメリカに向った両親と入れ違うようにこの家で暮らし始めたのだ。

つまり、この家には今オレと従兄弟の2人が住んでいる。















「ただいまー」





扉が開く音がし、続いて男の声が家に響く。

ビクッと肩を跳ねさせ驚いたオレは瞬時にまずい事になったと気づく。

何がって、この距離がだ。

ディアとオレは今、身体が密着している。普通の距離じゃない。

ひとまず離れよう。ディアの身体を押し離そうと胸に手を置いたところでガチャ、とリビングのドアが開いた。






「…あー濡れた濡れた…

 、帰ってるだろー?お前は大丈夫だった…」






従兄弟―――オレの高校の陸上部のコーチでもある原槇哲汰はらまきてつたは、オレたちの姿を見て固まる。

オレもサッと血の気が引いたのを感じた。





この場の時間が凍ったようにも感じた。