僕には両親がいなかった。正確には『いたけどいなくなってしまった』のだ。
01
僕はじいちゃんに育てられた。
じいちゃんは僕の事を『』と呼んだ。僕はじいちゃんの名前を知らない。知らなくても問題なかった。
父親は僕が生まれる前に事故死したと聞いた。母親は僕が乳離れをした後「役目を終えた」というように死んだらしい。
僕は父親と母親がいない事に疑問を感じていなかった。いない事が僕にとって当たり前だったからだ。
だから僕はじいちゃんに育てられたけど、普通の親がいる子と変わらず成長したと思う。
僕の一番古い記憶はじいちゃんに連れられて夕陽を見に行った事だ。
山の間に潜っていく真っ赤な夕陽を、口をあんぐりとあけながら見ていた。
葉が紅葉するのは夕陽が毎日染めていくからだと、小さい頃は思っていた。
湖面に反射した光がきらきらと瞬いてずっと見ていたくて、家に持っていけたらいいのにと手を伸ばした。
手は空を掴むばかりで持っていけなくて落ち込んだ。
次の記憶は夜空を眺めていた時のものだ。
控えめに光る満月を見ると心が落ち着いた。
家は自然が豊かな場所にあったから空いっぱいに星が見えた。
湖面の反射とは違った光をもっと間近で見たいと掴もうとした。やっぱり掴めなかった。
僕の腕が短いせいかな?じいちゃんの腕なら掴めるかな?
じいちゃんは「手が届かない遠い場所にあるから無理だ」と言った。
じゃあ、じいちゃんより大きくなれば届くかな。
じいちゃんは何も言わなかった。
ある日、じいちゃんがいつもより遅く帰ってきた。
晩御飯を食べながらじっとこちらを見ていたのを覚えている。
僕は気にせずご飯を食べた。美味しかった。
それから数日後、いつもは連れて行ってくれない仕事にじいちゃんが連れて行ってくれた。
歩幅が違うから早歩きしても僕はゆっくりしか着いていけなかった。じいちゃんは遅く歩いてくれなかったけど、時々立ち止まって待っていてくれた。
大きな木の下に着いた。見上げる首が痛くなるほど大きな木だった。
じいちゃんはその木の根本に腰かけ、僕は近くに飛んできた蝶々を追いかけた。ひらひらと舞う蝶々は捕まえる事はできなかった。
暫くすると誰かが近づいてきた。
僕より少し大きい男の子だった。
男の子は僕を見て、それからじいちゃんに「その子は」と聞いた。
じいちゃんは僕を「孫だ」と紹介した。僕は離れた場所から様子を伺うように男の子を見た。
来る道でじいちゃんから聞いた話だと、その男の子と僕は「同じ」らしい。
どこが一緒なんだろう。男の子を見つめた。
男の子は僕より大きいから年は一緒じゃないだろう。
髪の色も一緒じゃなかった。男の子は夜空色の髪で、僕は落ち葉色だ。長さも男の子のほうが少し長い。
目の色も違う。紅葉色と木の幹色。
首を捻った。全然違うじゃないか。
じいちゃんが男の子に何か促すようにあごをしゃくる。
男の子はひと息ついて、うなずいた。
すると男の子の姿はみるみるうちに変わっていく。
鼻筋が伸び、首にはふさふさとした襟毛が伸び、やや丸みがあった瞳は目じりが鋭くなる。
風に揺られたと思った一房の髪がぴょこん、と尖った三角の獣の耳に変わった。
爪が伸び手のひらが毛に覆われて、踵が伸びる。
ふぅ、と息を零すと男の子の姿は完全に獣に変わっていた。
見たこともない獣だった。
でもじいちゃんが「同じ」と言った理由がわかった。
僕もひと息つく。
手や足、体中を頭の中に思い浮かべる。その形をどんどん変えていく。
足は伸びて、手は広がって、顏がきゅっとひっぱられるような感覚。
最後にぶるるっと身体を震わせたら、そこにはそれまでの僕はいなかった。
獣から人間の姿に変わった僕。
僕と男の子が「同じ」なのは『獣』と『人間』、どちらの姿も持っている事だった。