雨には、おおかみこどものお姉ちゃんと人間の母親がいるらしい。










03










雨と初めて出会ってから数日が過ぎた。

じいちゃんは僕を仕事、山の見回りに連れて行ってくれる事が多くなった。

と言っても、大きな木の下まで。僕はいつもお留守番だ。

二人が帰ってくるまでネズミを追いかけて狩りの練習をしてみたり、木の洞でお昼寝したりして過ごした。

雨の前で人間の姿になってから僕はそれを気に入って、二人を待っている時も人間の姿に変身するようになった。





雨が山の事を知らないように、僕も山とじいちゃんの事以外は何も知らなかった。

だから僕は雨にいろんな事を聞いた。

雨が山を巡った帰りにたくさん、たくさん聞いた。

まず初めに、雨が纏っているモノを手に取り尋ねた。





「あめのこれは、なあに?」

「これは服。」

「ふくってなあに?」

「…着るもの。人間はこれを着て生活するんだ。」

「………ぼく、にんげんのすがたのとき、きてない…

あめはいつもきてる。きてないとだめなんだよね…?

ぼく、にんげんといっしょにあそびたいけど、できない…?」

「………………今度僕が昔着ていた服をにあげるよ。」





耳と尻尾をシュン、と垂れさせ落ち込む僕の髪を雨の手が優しく混ぜる。

雨が『服』をくれると約束してくれて、しぼんでいった気持ちが一気に膨れた。

嬉しい気持ちを表すようにぱたりぱたりと尻尾も揺れる。

それを見て雨はくすりと笑った。

雨は尋ねれば丁寧に教えてくれた。

教えられる事も嫌いじゃないようだったけど、教えるの事の方が好きなようだ。

心なしか自分の知識を伝える事に生き生きとしたものを感じる。

僕はその時の雨の瞳が好きで、紅葉色がきらきらと輝くのをじぃっと見つめた。





次に雨が山に来たとき、その手に『服』を持ってきてくれた。

僕は嬉しくて口を大きく開けて笑い喜んだ。服を受け取りさっそく着てみる。

腕を通すところに頭を突っ込んだり、逆から着ようとしていたり。

見ていられなかった雨は僕に両腕を上げさせ被せるように着せた。

大きいそれは上から被るだけで全身を覆った。雨が足に着ているような服はなかった。

足まで隠れているから、足の服はいらないのかな。

与えられた真っ白い衣は、くるっと回れば裾がひらりと翻る。面白くてくるくる回って翻る裾を追いかけた。





次の質問は雨の家族について訊いた。

僕は家族はじいちゃんしか知らない。だから他の家族はどんなものなんだろうと気になった。

雨は母親とおおかみこどものお姉ちゃんがいると言った。

父親は?僕は何も考えずに尋ねた。

雨は少し言葉を迷ったように黙り、雨が生まれてすぐに死んでしまったからおおかみおとこだった事以外、どんな人だったのかわからないと答えた。

僕も知らないから同じだと思った。僕も父親が人間だったという事以外知らない。

雨と同じが増えて嬉しかった。でも雨が寂しそうだっから悲しくなった。

だから話を変えるために母親の事を聞いた。僕は母親も知らなかったから、母親がどんなのかも知りたかった。

雨の母親は強い人だという。一人で雨と雨のお姉ちゃんを育てたと。

いつでも、辛い時も笑って明るい人で、みんながおおかみを嫌っても味方でいると言ってくれたという。

誇らしげに母親を語る雨に僕はいいなぁと思った。

何のいいなぁ、かはちょっとわからなかった。





それから数日経ったある日、雨は大きな木の下に人間を連れてきた。

じいちゃんは木の根元に座っていて、僕は近くの岩の影に隠れてそっと様子を見ていた。

人間は女の人だった。肩まで伸びた黒い髪に雨とよく似た紅葉色の目。

雨の母親だ、と暫くしてからわかった。

雨がじいちゃんを紹介すると、雨の母親は何かを取り出して木の根元に置いた。

甘い匂いがする熟れた桃としっとりとした匂いがする茶色い四角いもの。

じいちゃんが2つの匂いを嗅いで、桃を口に咥えて僕の方に持ってきてくれた。

食べていいの?と聞いたら、食べろと言われた。僕は美味しそうな香りに舌なめずりをしてから桃に齧り付いた。

じいちゃんはそれを見て山の奥に向い、おおかみの姿になった雨が僕が隠れている岩の上を通り後を追う。

一度、母親の方を振り返っていってきますと言い、じいちゃんのあとを追いかけていった。

半分くらい桃を齧ったところで岩の影からこっそり顏を出す。

雨の母親はまだそこにいた。ぼーっとしていたけど、僕の姿が見えたのかはっと気づいたように体を揺らし、笑いながら僕に話かけた。





「こんにちは、私は花っていいます。

さっきの狐の家族かな?雨がいつもお世話になってます。」





話しかけられた僕はなんだか恥ずかしくなって、桃の果汁でべとべとな顔を岩の影に隠した。

母親…花さん、はクスクスと笑い暫く木々たちを見上げてから来た道を戻っていった。

岩からまた顏を出して後姿を見つめる。雨が誇らしげに語ったワケがわかった気がした。

花さんは、すごく優しくて強そうな、笑顔が暖かい母親だと感じた。